月夜見
 残夏のころ」その後 編

     “エッグ・ハント”


クリスマスやバレンタインデーに引き続き、
ハロウィンなるお祭りも、
結構浸透して来たキリスト系のイベントではあるが。
そうなると春だけがぽっかりと何もないのが、
テーマパークなどではいささか困りものだったそうで。
日本ならではの春の行事がない訳じゃあない。
何たって長い冬が明けての桜の季節だ、
雪解けに花見にと気も躍る。
進学や就職という新しい生活への門出にまつわる格好の、
ほややんと曖昧なカーニバルとしてもいけなくはないが。

 「何かこう、
  説得力もあり、尚且つ華やいだイベントはないものかと。
  春休みっていう稼ぎどきをものにするお題目、
  ずっと考えあぐねてたそうなんだがな。」

 「そこでって取り上げたのが“イースター”ってわけか。」

鷄卵にしちゃあ大きめの、
カラフルなホイルでくるまれたチョコエッグを
棚一杯に並べつつ、
そこへ飾られたウサギのイラストやら、
籠に盛られた、そちらは作り物のイラストつき玉子のディスプレイへ、
何だろこれって?と、意味が図りかねてたらしい相棒へ、
仲のいいらしいもう片やのバイトくんが説明してやってるらしく。

 「でもよ、イースターってどういう祭りなんだ?」

玉子とウサギってのは、
でぃずにーとかアメリカのアニメでよく見かけたけどよ。
どういう意味があるんだろ…と片やが訊けば。
ああそれはな、と、ずんと物知りらしい相棒が、
それへも答えてやるのかと思いきや、
ポケットからスマホを取り出して見せて。

 「えっとぉ、あ…出た出た。」

 なになに?
 イエス・キリストが
 処刑されたが数日後に復活したことを記念するお祭りで、
 春分の日を過ぎて最初の満月の翌日に催す。
 その日から1週間を指す場合も、だと。

 「玉子は、そこから命が生まれる象徴として引っ張り出されたもので。
  ウサギも、多産な生きものなので象徴として以下同文、だってさ。」

 「ふ〜ん。」

ネズミーの春休みのパレードの
テーマになってんのはそんなせいらしいし、
ウチでもフェアをやりましょうよって、
菓子部チーフのコニスさんがあの天使のスマイルで、
グロサリー主任へ推したんだと。
ああ〜、何か判るなぁ、それvv…と。
途中から話が脱線してしまった男衆だったのへ、

 “懲りない連中だねぇ。”

まま、今はお客の姿もない準備中の時間帯だから、
手さえ動いてるようならば、
多少のお喋りもきつく咎めはしないがと。
入り口近くのフェア用特設売り場を横切って事務所の方へ、
足早にさっさかと向かったは。
こちら、産直スーパー“レッドクリフ”の、
愛嬌あふれる店長さんで。
動き惜しみをしない働き者で、
年齢不詳なほどに精悍でありながら、
いつも笑顔を絶やさないわ、
老若男女を問わず、お客さんへの愛想がいいわ。
他の幹部らへもそれが浸透しているせいか、
店の雰囲気を、
威勢がいいばかりじゃあなくの
やわらかなそれへと盛り上げているのではあるが、

 “…………おや。”

ご近所の野菜農家さんから
朝づみの取れたてものを運んで来た軽トラックが数台ほど。
裏手の駐車場に停めてあるのが、事務所の窓からも望めるのだが。
足回りのタイヤが泥で汚れているのでと、
ホースを延ばして来て洗っているらしい人物が目に入り。
その様子が何とも“らしくない”ようなのへ、
微妙に心当たりがあるような無いようなで、
くすぐったい心持ちがする店長さんだったりするらしく。

 “あーあーあー。
  同じタイヤばっか洗ってるよ、あいつ。”

一体 何へと気を取られているのやら。
棒立ちではないので判りにくいことじゃああるが、
4つあるタイヤを順番に、
もう何周目なんだかという洗いようをしておいで。
今見たばかりでそれが判るのは、
地面へ敷かれた小粒の砂利が
残り少なくなるほど どこぞかへ流れ出していたからで。

 “剣道坊主が、何へ意識を飛ばしているのやら。”

そう。
こんなところでバイトしているのも意外なほど、
剣道一筋という、
お侍、いやいや野武士のような高校生。
髪も短く刈っており、
どっちかといや ぶっきらぼうだが、
言われたことはきっちり片づけるしっかり者で。
判りやすい愛嬌はないが無愛想でもない、
礼儀正しく、今時 珍しいほど実直な青年だと、
パートのお母さんたちからも
ずんと見込まれているお兄さんだのに。
いつごろからだろか、時々、
一人でいるよな間合いに限っての話だが、
あのように
集中が切れたよな佇みようをしている姿が
見受けられる彼であり。

 “あれの原因、
  こっちの予想の範疇だったら、
  喜んでもいい…ってことになんのかなぁ。”

それはそれで、また複雑だよなぁと、
苦笑をこぼした店長さんだったのだが…。




     ◇◇◇



随分と年季の入ったゴムホースを裏口近くの水道口から引いて来て、
今朝乗って回ったトラックを洗いつつ。
何をと考える必要もないまま、慣れた手順での作業を始めて。
一人で出来る作業ゆえ、すっかりと任されてのこと、
様子見に誰かが来るでもないせいか、
ぼんやりしていると、ついつい同じことが浮かんで来るようになった。

 “…何でなんだろうな。”

  変だよな、だってあいつは男だし。
  女よりかわいいって訳じゃあない。
  あ、いやいや、可愛いなって思うところも多々あっけどさ。
  でも、きっちり“男”してんのにな。
  柔道やってるし、
  仕事には責任持ってあたってるし。
  お婆さんとかには親切で、
  店とは関係ないとこで、
  手を引いてやってたりするの見かけたことあるし。

そんな風に、
ついつい目に入ると、
何しているのだろかと、確かめたくなるし、
そのまま一部始終を見ていたくなるような。

  “…そんな奴って、今までに いたかなぁ?”

家族ならまだ判る。
何してんだろかと眸も行くし、
手伝いが要るのかなどうなんだろと
成り行きや経過を眺めることもあろう。
困ってそうな人がいれば、
手を貸すもんだってのも判ってる。
でも、

  “そういうのとも何か違うんだよなぁ。”

一番の問題は、それが“困りごと”じゃあないことで。
視野に入れば眺めていたくなる。
何してんだろかと関心や興味が沸く。
ともすりゃあ、
こっち向かねぇかななんて思うこともある。
こっちに気がついて、
おーいなんて言って、頭の上でぶんぶんって大きく手を振るの、
ガキみたいだなって思いつつ。
お日様みたいに笑ってるの見ると、
こっちまで釣られて笑ってしまう。
しょうがねぇなって、呼びましたかって、
傍まで行ってもいいって言われたみたいで。
それが……

  “なんでだろか、
   妙に嬉しかったりすんだよな。/////////”

何なんだろう、何でだろ。
正体も名前も判らない、
けどでも、無性にあたたかい。
口許が勝手ににやけてしまうなんて、
これって情けないことなのかな。
第一、そういうのって、
ふつーは女子の人へ起きる反応じゃねぇのかなあ。

  変だよな、だってあいつは男だし。
  女よりかわいいって訳じゃあない。
  あ、いやいや、可愛いなって思うところも多々あっけどさ。
  でも、きっちり“男”してんのにな………と。

平然としていたようで、その実、
分厚い胸板のその下で、そんなこんな思ってたらしい誰かさん。
ウサギさんがこそりと置いてった玉子から、
さあ探してごらんなと誘われたように、
気になってることが気になった今日このごろ。


  「あれぇ? 何してんだ、ゾロ?」


伸びやかな声がして、あわわっと背条が思わず立ったれど、
疚しいことを思ってたわけでもないのになと、
やはりやはり戸惑いつつも、
お顔は正直で、口許や頬が自然とほころんでおり。

 「何でもないっすよ。」
 「あー。また“ですます”使うだろー。」

今日は寒さが戻って来たからサ、
母ちゃんがコートと耳当てもしてけって うるさくてよ、と。
子供っぽくないかを気にしているらしい先輩さんへ。

 「そんな言ってて風邪引いたらどうしますか。」
 「引かねえもん。」

つ〜んだなんて そっぽ向くところとか、
しっかりと子供のようなのにね。
揚げ足を取るどころじゃない、微笑ましくてしょうがなく。
そんな自分も一緒くたに、周囲の大人の皆様から、
これまた微笑ましいと見守られておいでの彼らであり。


   いやあ、早くも春ですねぇ……




   〜Fine〜  2012.04.07.


  *何だこりゃなお話ですいません。
   歳事やイベントというと、
   何ででしょか、このお店でのお話を書きたくなるもんで。

   でもって、その“復活祭
(イースター)”ですが。
   実は私も何となくでしか知らなかったんですな。
   でも、キリスト教の世界では最も古いお祭りなんだとか。
   ……何でハロウィンの方が先に広まってるんだ、日本。
   にぎやかな祭りばかり優先だったってのが、
   いかに“便乗民族”か、の現れのようで…。(う〜ん・笑)

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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